世界の言語の類似性と多様性を解明する~江畑冬生先生にインタビュー!

太田(2年)と漆舘(4年)です。今回は、言語学を専門にする江畑冬生先生にお話を伺いました。「言語学は身近なものである。」取りつきにくいイメージがあった私たちには、冒頭の一言が印象的でした。身近な例え話を用いた江畑先生のお話は大変わかりやすく、笑いの絶えない楽しいインタビューでした。

▲江畑先生と『外国語の水曜日』 。筆者もこの本を読みましたが、面白い! 英語が嫌いでも外国語学習は面白く感じるんです(笑)
  • 実施年:2013年
  • 場所:総合教育研究棟 F581
  • インタビュアー:太田(2年)、漆舘(4年)
  • インタビュイー:江畑 冬生 先生(心理・人間学プログラム)

江畑先生ご自身について~無意識的で日常的な言語

学生:本日はインタビューにご協力いただきありがとうございます。よろしくお願いします。
まず、江畑先生ご自身の研究内容について教えてください!

江畑先生(以下江畑):専門は言語学です。普段、我々の生活では認識しにくいんですが、実は世界には6000を超える言語が話されています。

学生:へぇ~!6000も。

江畑:そうなんです。我々日本人になじみがあるのはアジアやヨーロッパの比較的少数の言語だと思うんですが、世界にはまだまだ言語がたくさんあります。日本語や英語のような大言語であってもその言語構造は十分に明らかにされたとは言えません。言語学では世界の多数の言語についてまずはその構造を明らかにしようとしています。その上で、世界の言語の類似性と多様性を解明しようと努力しています。

学生:確かに、話しているときに自分の言語構造を気にしたりしないですね。

江畑:そうですね。実は、言語というのは非常に我々の身近にあって、いわば空気や水のような存在ですね。言語研究というのは二重の意味で難しくて、一つは身近にありすぎること、もう一つは目に見えないことです。普段、研究をしていると言語の方が、人間より頭がいいんじゃないかなんて思うことがあります(笑)。我々人間の方が言語に追いつくために研究していると言ってもいいかもしれませんね。

学生:では、次に先生ご自身についてお話しいただけますか?

江畑:言語に絡めて言うと、千葉県出身ですが、そもそも僕は群馬県で生まれ、当時は群馬の方言を話していたそうです。けれど、千葉に戻ってみるときれいさっぱり忘れてしまいました。今となっては、人間というのはこんなにも簡単に言語を忘れてしまうものなんだなあ、と思うことがありますね。その後、30年以上ずっと千葉に住んでいて、学生時代は吹奏楽部で活動をしていました。

学生:部活と勉強の両立などはいかがでしたか?

江畑:最初は全然できてなかったです。高1の時は部活漬けで、高2の時にさすがにこれではまずいと思って一念発起をしました。中学生の時、部活の顧問の先生が、「お前たちは好きなことを頑張れ。好きなことに頑張れる人は、きっと勉強も頑張れるから。」と言っていたんですね。だから、高校の時も高1高2は部活、高3は受験勉強っていう切り替えがすごくできた気がします。

学生:メリハリがはっきりしていたんですね。

言語学の授業は何をするの?

学生:先生の授業では、どのような講義をされていますか?

江畑:前期に「言語学概説」というのをやりました。言語学というのが、どういう学問でどんなことをやっているのかというのを話しますね。授業を取っている学生は、言語学というものに初めて触れる人が多いと思うんです。そういう人たちに向けて言語学とはなにか、世界の言語すべてを視野に入れた時に人間の言語の一般の特性とはなにか、あるいは人間の言語に不可能なことはなにか、さらには人間の言語の大多数に共通することとかバリエーションとか、幅広く話す授業でした。

学生:言語に不可能なこと、なかなか思いつかないのですが…

江畑:当たり前と言えば当たり前なんですけど、世界の言語のすべてが息を吐きながら音を出しています。あるいは、すべての言語が意味というのを何らかの音声形式に置き換えて伝達を行っています。これが言語の本質です。文字というのは一度音声に落とした言語をさらに文字に落としているので二重の置き換えが起こっていて、形に残るので伝達時には有利なのですが、我々の日常生活で音声の占める割合はやはり多いんですね。言語研究は、第一に音声というのは言えると思います。

学生:人文学部の西洋言語文化学と日本・アジア言語文化学に対して、人間学の言語学の違いを教えてください<編集者註:2013年の分野編成であり現在ではすべて「言語文化学」に属する>。

江畑:西洋言語文化学では西洋の言語を、日本・アジア言語文化学では日本語やアジアの言語を研究しますが、人間学の言語学では何語を扱ってもいいんです。言語とは、そもそもどういうものだろう?ということを踏まえて言語の本質について考えることができます。要するに、スタンスの違いですね。日本語研究という分野でやりたいのか、あるいは言語研究の中で日本語を扱いたいのか。人文学部の場合は1年生の時に入門講義などで違いを分かってもらえるチャンスがあるので、自分にはどちらが合っているか、考えるチャンスがあります。

サハ語を研究する理由

学生:さて、先生が言語学、ひいてはシベリアの言語を専門になさった理由を教えてください!

江畑:言語学を専攻するようになったのは、高校生の時にラテン語のミサ曲を好きになったのがきっかけです。大学に入ってからラテン語以外にも様々な言語を勉強するなかで、言語の共通性や違いに興味を持ち、言語学を専攻しようと思いました。それで、僕の専門はサハ語というシベリア原住民の言語です。この言語に出会ったのは大学の時で、授業で全く知らない言語を聞き取って書き取るという訓練をする授業があったんですね。その時にサハ語の音に惹かれました。

学生:ロシア語は6格まで格変化があると聞きましたが、サハ語もそのぐらいなのですか?

江畑:いや、サハ語は8つあります。

学生:ちなみに、世界の言語の中で一番格変化が多いのは?

江畑:いい質問ですね(笑)。こういうのは言語学者に聞く質問です。世界の中でも格変化が多いのは黒海周辺のコーカサス地方の言語やフィンランド語やハンガリー語などですね!

▲<ロシア連邦サハ共和国> 国土面積は日本の約8倍、新潟県の約297倍に相当する。 しかし、人口は約96万人で、新潟県(約233万人)の半分以下である。

世界中の言語は今…

学生:サハ人の方々はサハ語とロシア語のバイリンガルになるそうですね。例えば、日本で言うとアイヌ語を話す人たちはアイヌ語と日本語のバイリンガルということですか?

江畑:ということになるはずなんですが、実際にはアイヌ語を話す人たちはどんどん減り続けていて、今では数人いるかどうかです。つまり、言語の消滅ということです。実は、世界には消滅してしまった言語というのが、たくさんあります。ラテン語のように、いろいろな文字資料を残して消滅した言語であれば、今からでもアクセスできるんですが、世界には何の資料も残さずに消滅した言語が、おそらく何千とあるはずです。

学生:文字に残らない音声だけの言語というのは、珍しい方ですか?

江畑:え?(笑) 日本語だって昔は、文字がなかったはずですよ!

学生:あっ!

方言と言語の違いは?

学生:基本的な質問になりますが、「方言」と「言語」の違いはなんですか?

江畑:これは基本的かつ重大で、かつ答えにくい問題なんですよ!
方言と言語はどうやって区別したらいいのか。これは言語学的に決めにくいんです。例えば、沖縄の言葉は琉球語なのか日本語の方言なのか?難しい問題です。

学生:もともと琉球王国として独立した国だったから、琉球語なのかな?と言う気がしたのですが。

江畑:結局、そういう非言語的な、王国だったからとか、そういう要因で決めざるを得ないのが現状です。あるいは、文字体系が違うとかね。琉球語の場合は、日本語と言語構造がかなり違うので、それを理由に別言語にするのが最近は普通のようです。

▲サハ語のテキスト。 なんと江畑先生がお書きに!

言語学とは…?~若者言葉・ら抜き言葉

学生:先生は、最近よく言われる「若者言葉」や「ら抜き言葉」についてどうお考えですか?

江畑:よく誤解されるのは、「言語学は正しい言葉を決めるんじゃないか」ってことですね。これは誤解です。言語学っていうのは、最近読んだ本にあったのですが、「地図を描く人に似ているんだ」と。つまり、地形を見てそれをそっくり地図に書き写していく。で、地形を見て「なんでここは盛り上がっているんだ!?平らにしなさい!」なんて文句を言う人はいないんです(笑) 同じように言語学も客観的に、冷静に、ただ調べて記録していくだけなんです。だから『ら抜き言葉』が増えたとか減ったとか、現状は調べますが、良いとか悪いとか評価を下すのは私たち言語学者ではないんです。

高校生のみなさんへ~ピュアな気持ちで

学生:では最後に、高校生のみなさんに向けてメッセージをお願いします!

江畑:言語学というのは大学でまったく新しく学ぶ学問です。我々は言語について、いろいろ先入観を持っています。例えば、世界の言語の数は幾つなのか、とか。そういった先入観をなるべく持たないで、ピュアな気持ちで言語学というものに触れてほしい。これが一つ。そして、「語学」については、しっかり勉強してほしい。語学的な知識の上に、やはり言語学は成り立ちますからね。あとは、言語学に限らず、何でも面白がって勉強してほしいということです。

▲江畑冬生先生

●江畑 冬生(えばた ふゆき)先生
・専門:言語学(言語類型論)
・所属:人文学部 言語文化学プログラム、大学院 現代社会文化研究科
・千葉県出身。中学・高校時代は吹奏楽に熱中した。部活動の一環で、ラテン語のミサ曲を歌った経験から大学で言語学に興味を持った。
・高校生におすすめの本は『外国語の水曜日 学習法としての言語学入門』(黒田龍之助著 現代書館 2000年)。理系大学のロシア語の先生が教え子たちの実例を紹介しながら外国語学習の面白さを伝える。

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