人文学科の向田、菅、中嶋です。「新任教員インタビュー」で映像文化論を専門とする石田美紀先生にお話を伺いました。先生が現在の専門に行きつくまでの経緯や人文学の価値について、ご自身の経験を踏まえつつ、話してくださいました。どれも人文学部生としてためになる内容で、ものの見方を変える契機にしたいと思います。
- 日時:2025年6月19日(木)18:20~19:20
- 場所:図書館グループ学習室4
- インタビュアー:向田歩実(社会文化3年)・菅友里愛(1年)・中嶋佑南(1年)
- インタビュイー:石田美紀先生(芸術学)

ご経歴~現在に至る様々な過程
向田:まず初めに簡単にご経歴をお願いいたします。
先生:学部は大阪大学文学部美学科に通っていました。ここ7年間くらいは、主にアニメについて研究しています。研究者としての原点は、美学という学問にあります。
美学っていうのは、センス(sense)、つまりは感覚についての学問です。見て、聞いて、触って、においを嗅いで、食べて味わってというように、人間は五感から刺激を受けて生きているじゃないですか。私たちのそうした経験はどういうふうに言語化できるのかを考えるのが美学だと思っています。
学部で専攻を決めるとき、最初は音楽学にも興味をもっていましたが、最終的には美術史と美学の2つで迷いました。ただ美術史は美術しかできないうえに、専門性も高い領域です。
西洋美術や東洋美術の分野も面白そうでしたが、自分は飽き性なのでもっと広く、いろいろなものに触れられるところがいいなと思い、美学科を選びました。美学は、感じるもの全部が守備範囲です。
それで美学を専攻して、当時お世話になった先生が映画の批評をされていたので映画を題材に卒論を書いたのですが、それが結構面白かったんですよね。
私は1995 年卒業でちょうど就職氷河期に属します。就活もうまくいかなかったので、親に相談し、卒業後は大学院に進学することにしました。お世話になった大学の先生に、「映画で修士論文を書きたいなら、京都大学にとても素晴らしい映画学の先生がいるからそっちに行きなさい」とアドバイスをもらって京都大学に進学しました。
京都大学には結構長く、10 年近くいて、修士課程、そして博士課程で学んで、新潟大学に就職したって感じです。博士論文のテーマは、イタリアのファシズム期に製作された商業映画です。イタリア映画史では暗部とされている時代について博士論文を書きました。
向田:なるほど。最初は音楽に関心があったとおっしゃいましたが、幼少期から芸術系に興味があったのですか。
先生:ピアノをやっていました。音楽が好きだったんですけれど、耳が悪いんですよ。調音ってあるじゃないですか。皆さん何か楽器やっていますか?
向田:吹奏楽部に中学の頃入っていました。
先生:音合わせするのは大変でしょう。
向田:あー、大変ですね。
先生:それができませんでした。ピアノはドの鍵盤を押したらドの音が出るじゃないですか。だから耳があまりよくなくてもできたんですけど、バイオリンとか、吹奏楽は音合わせから入るでしょう。 それできなかった。
向田:結構訓練が必要ですよね。
先生:私、耳が全然ダメだったから、もうやめようと思ったわけです。高三のときに大阪大学の文学部には演劇学とか、音楽学とか日本文化学、これは国文とは別なんですが、そうした新しい領域の学科があることを知って、興味をもちました。そして、何といっても、私のときには二次試験に数学がなかった。
向田:それ重要ですね。
先生:センター試験の数学はなんとか耐えられた。でも、二次は無理だなと。数学がないだけでなく、他の試験内容も独特でした。英語、国語があって、社会が小論文です。赤本を見たら、国語の問題で、水を入れたボールに豆腐が浮かんでいる絵があって、これについて何か書きなさいとか、が出題されていて。もう意味不明でしょう。
大喜利かよ、みたいな。ここなら、ワンチャン行けるかもと思って受けたら、何とか潜り込めました。それで美学科に行こうと思って。だから、数学が無かったのは、人生にとって大きいと思います。とっても。
向田:わかります。ありがとうございます。
現在の研究内容~眼鏡を掛け替え見えるもの
菅:次に研究内容について教えてください。
先生:最近の研究は、主にアニメーションを対象としています。私は1972年生まれなので、テレビでロボットアニメを見て育ちました。テレビアニメが一番身近な映像表現だったんですね。でも研究対象としてのアニメに到達するまでには時間がかかりました。
博士論文はイタリアのファシズム映画で書いて、自分としてはすごく納得のいく結果は出たんですけど、今でもこのテーマで研究されている方は 1 人くらいしかいらっしゃらないんですよ。だから、いろんなアプローチで活発に研究が行われているアニメーション研究にやってきました。
先生:大学院にいた時に、ちょうどジェンダーっていう言葉が美学の中にも少しずつ入ってきていました。しかし当時はジェンダーという言葉を堂々と掲げて研究すると、男性の先生から怪訝な顔をされました。
尊敬する女性の先生方は、そのあたりも意識して、うまく工夫しながら、ジェンダーの観点から美学の研究をされていました。大先輩の女性たちが戦っている姿はとても印象に残っています。
アニメーションの研究でも、ジェンダーの観点を導入したら、もっといろんなことが発見できると思っています。たとえば、自分が見てきたアニメも、ジェンダーの観点から見直したらどうかなと考えています。 それからジェンダーっていうと、なんで男の人が居心地の悪い顔をするんだろうっていう疑問もあります。
5年前になりますけど、『アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか』という本を出しました。声優さんの自伝やインタビューはたくさん出版されていますが、女性声優が少年役を演じることについては、あまり深く研究されてこなかったと思います。
野沢雅子さん、緒方恵美さんをはじめとする多くの女性声優が少年役を演じてきたことがアニメの産業と表現に貢献したことについて掘り下げたものはあまりなくて、不満に思っていました。女性がいろんなタイプの男の子を魅力的に演じて、それで女の子たちがキャーって言うなんて、とってもすごいことじゃないですか。
でも、(エヴァンゲリオンの)シンジくんの話はするけど、緒方さんが男の子を演じるっていうのはどういうことなのかについてはあまり問われない。そこで調査をはじめると、女性声優さんが少年役を演じてきたことで、アニメがこれほどまでに量産が可能になったことがわかりました。女性声優はアニメ産業の屋台骨であることが、検証できました。
ジェンダーの視点は重要な観点です。男女平等とか、女性差別反対というだけじゃなくて。ジェンダーというメガネをかけたら、物事がすごくよく見えるんですよ、世の中が違ったように。今までは、男性が男性のメガネをかけて物事をみて、研究をしてきたわけですね。
もしかしたら、女性も男性のメガネをかけさせられていたのかな。だから、女の人の問題を研究したいですと言っても、いやそんなことは学問にはなりませんと言われてきたんですね。尊敬している女性の先生たちも「ジェンダーに関する研究をしたかったらうまくやらないと」と言っていたのも、このためです。
でも、ジェンダーの視点から見れば、みんながまだ気づいてないこといっぱいあるよねと思っています。メガネをかけると思ってくれればいいんですよ。ただメガネはいろんな立場にそれぞれ存在しています。例えば、黒人のメガネをかけると、黒人差別などの問題がわかる。
アジア人のメガネをかければ、その立場から見えてくることがいっぱいある。女性の視点でみれば、まだ発見されていないことはいっぱいあるんじゃないかなと思って研究しています。
菅:自分が女性だからこそ体験したことが今の形につながっているんですね。
先生:やっぱりそうでしょうね。おそらく男性にも男性にしかできない経験っていうのがあるんだと思います。皆さんにも皆さんにしかできない経験がいっぱいあるんですよ。
先ほど話をした女性声優の本を出したときに、ある男性の批評家から、これは女の人にしか書けない本だ、この視点は自分にはなかったと言われました。このとき、ああそうか、男の人には見えてないのだと、気づきました。
向田:面白いです。
学生時代の思い出~大学院の仲間と2人の先生
向田:学生時代の思い出は何ですか。例えばサークルとか。
先生:サークルではないですけど、大学院の時の仲間とは切磋琢磨したなという感じです。
向田:一緒にご飯に行かれたり?
先生:そうですね。それから読書会もやっていました。ジル・ドゥルーズというフランスの哲学者が書いた『シネマ』という大著がありますが、それをフランス語で読んだりしました。学生同士がお互いに張り合っていたところも、あったかもしれないですね。なんか、部活みたいでした。
映画学の先生の指導方針は、とても熱く、厳しかったですね。学生が研究発表をしますよね。その論点が甘かったりすると、すぐに反論されました。レジュメはB4サイズの両面で用意してきたのに、導入部分で容赦なくメタメタにされて、もう話せないなんてこともありました。
ちょっとは手加減してよ〜という感じの厳しさで、今日の○○さんは15分耐えたとか、とうとう最後まで行けたぞとか、そういう世界でした。道場みたいなゼミでした。
向田:すごいですね。
先生:いきなり体育会系に入ったという感じでした。もう一人、大学院時代にご指導いただいた美学の先生はすごく優しくて、自由にさせてくださる懐の深い先生です。映画をやりますって言っても、いいですよって言ってくださって。先生は広い原野に学生を解き放って、学生の好きなようにやらせます。
ご自分はご自分の研究をしながら学生が戻ってくるのを待っているという感じでした。でも、原野には崖とか罠があって、罠にかかっても先生はそう簡単には動かないんです。帰って来られる人だけを待っている感じ。
しっかり自分でやらないと淘汰されかねない。それはそれでとても厳しいでしょう。私はある意味で両極端の先生に教えていただきましたが、どちらの指導がいいですか、皆さんは。真ん中ぐらいがよいとは思いますが。
向田:言われる方がきついかな、いろいろ。メタメタにされる方がきついかなと思います。
先生:そうですよね。映画学の先生は文章をものすごく熱心に直してくれましたね。先生もお忙しいのに一言一句を直してくださるもんだから、最後は私の悪文が我慢ならなかったようです(笑)。
中嶋:文章への拘りが強い方だったんですね。
先生:そうですね。まったく違うタイプの先生2人に習うことで、いろいろな教え方を経験できたことはよいことでした。大学院の仲間には先生たちとの面白いエピソードがいっぱいあるんです。
ゼミの友人に映画学の先生から電話がかかって来たときに、友人はかかってきた段階でおっかなびっくりだったそうで、慌てふためいて、「先生、すみません、先生、すみません。今こちらの電波が悪くて、すみません。先生いま大丈夫ですか、聞こえていますか?!」なんて言っていたら、先生が「まだ何もしゃべってない。」って。
(全員爆笑)
先生は批評家でもあったので、新作映画を見ると、あれはどう思う?みたいなかんじで電話をかけてこられることもありました。たまたま不在だった友人が帰宅すると、先生からの映画の感想が留守番電話に録音されていたのですが、話の途中で録音テープが切れてしまっていたらしい(笑)。
菅:強烈な人ですね。
先生:とにかく先生たちがすごかった。 大学っていうより大学院のほうが強烈な経験でした。
中嶋:すごい人って濃いんですね。
先生:いや、もう本当に濃かった。今だから笑って話せることもありますが、大学院時代は辛いこともありましたね。で、みんなで、よしよし、耐えようって頑張っていました。
中嶋:一致団結。
先生:一致団結、そう。すごく激しい部活に近かったのかもしれません。
向田:ありがとうございました。
学生へのメッセージ~知らないものに目を向けて
菅:最後に学生へのメッセージをお願いします。
先生:皆さんは皆さんの立場のメガネをかけていることを意識してください。それで、たまに自分のメガネと友達のメガネを交換してみましょう。そうすると例えば、同じ新潟大学に通っていても男性か女性かでも違うし、セクシャリティによっても違うかもしれない。これまでの境遇でも違うでしょう。
こうした立場の交換を行うといろんなことが発見できるんじゃないかと思います。意外に自分では何も気づいてなかったなって思うことが、お互いにあったりするのでいいと思いますし、それはなによりも楽しい経験です。
向田:ありがとうございます。 あともう1つ聞きたいことがあって、学生だからこそ見てほしい映像作品を教えてほしいです。今見るべきものみたいな。
先生:今っていっぱいコンテンツがあるじゃないですか。何がいいんですかね。私が大学生の時と比べて何百倍も作品があるので、何かひとつは選べないです。ただ、これは映画学の先生が言っていたことなのですが、“知らない作品は、大昔の作品でも、あなたにとっての新作です”。
向田:なるほど。
先生:古いから見なくていいとか、もう何十年前の作品だから見なくていいとか、そんなことは全くなくて。知らない作品は、あなたにとって新しい作品だから積極的に見てくださいって言っていましたね。いい言葉だと思います。
向田:すごい。
先生:そうそう。それは、食わず嫌いはやめましょうみたいなことかもしれない。
菅:感想になりますが、立場や境遇が違う人の目線で世界を見るという話は、芸術ひいては学問でも大事なことというか。学問を学ぶからこそ、そういう視点が得られる部分もあるのかなって思いました。
先生:人文系の学問って役に立たないからいらないとか、予算が無駄だとか言う人がいるけれど、例えばギリシア哲学を研究してきてくれた人がいるから、プラトンの言ったことが日本語で読めるんですよ。これってすごいことじゃないですか?
新潟大学の図書館にもたくさん本があるけど、人が情熱をかけて作った本がそれぞれちゃんとした形に残っている。単に作品が存在するだけじゃなくて、作品を作った当時はこういう状況だったとか、当時はこんなものがあったとかっていうのを調べて、まとめて、いつでも取り出せるようにしてくれているからこそ、ずっと昔の人の話や外国の人の話が理解できるんだと思います。
そうした作品たちや書物に触れることが、やっぱり学問の楽しさだと思いますね。皆さんも、学問に思う存分取り組んでみてください。
向田:ありがとうございます。
中嶋:私も、自分と違う興味を持つ人の話に触れるというのは、違う人の立場に立つという視点で価値があることだなって思います。
向田:これでインタビューを終わります。本日はありがとうございました。
●石田 美紀(いしだ みのり)先生
・専門:芸術実践論、アニメ、声、ジェンダー、セクシュアリティ
・所属:人文学部 心理・人間学プログラム、大学院 現代社会文化研究科