「分かったつもり」に気づける反転授業~社会調査概説

こんにちは! 社会文化学プログラム(社会学分野)3年の佐藤玲菜です。今回は人文学部の基礎講義の一つ「社会調査概説」について紹介したいと思います。

「社会調査概説」とは何か

シラバスにある「社会調査概説」の概要には、「社会調査とは何か、社会学の研究と先行研究との関係、社会学における理論と調査との関係、社会調査の意義、社会調査方法、調査実施上の留意点などについて、実例に基づき基礎的な知識を学ぶとともに、調査仮説から調査目的の設定に至るまでの社会調査の核心を実践する」とあります。

この講義の注目すべき点は反転授業とグループ討論によって講義が構成されているところです。まず、反転授業の担当者はテキスト担当と文献担当に分かれます。

1つ目のテキスト担当者は授業で使うテキストである『社会学入門―社会とのかかわり方』を各担当章でまとめ、議論してほしいところを考えて発表します。2つ目の文献担当者はテキストの担当章を読み、気になった点や最新の研究ではどのように変化したのかなどの疑問点を自分で論文を探してまとめて発表します。テキストによって社会学の入門的な知識を学び、そこから発展させて文献を検討し自分の学びを深めて問いを見つけだしていくという流れで二コマ180分の授業が進んでいきます。

続いてグループ討論では各担当者が設定した「議論してほしいこと」について話し合い、話し合った内容を発表してもらいます。ここでの議論は、自分たちが独自に調査を行うと仮定して、そのために必要な視点を発見するために行っています。そして授業後に、議論を踏まえて自分なりの調査視角を述べるコメントを書き、最終的には先行研究に基づく独自の調査目的と調査方法を設計するレポートを書いていきます。

▲画像:グループ討論の様子

発表担当者は担当箇所を割り振られた後は自分で資料を作って担当する日に発表することになります。発表というとハードルが高いと感じるかもしれません。

正解が分からないまま進めることに不安を感じるかもしれませんが、授業の前に一度プレ発表(※先生の前で発表する予行練習のようなもの)をするようになっており、そこで先生に自分で解消しきれていない点や不明点を相談し、資料をアップデートした状態で発表に臨むことが出来るのです。

私は文献担当として文献をまとめていたのですが、まとめている最中は不安に思っていましたし、疑問点も正直どこからが分からないのかが分かっていない状態でした。しかし、いざプレ発表をしてみると、自分でも説明できない点や分かっていたつもりになっていたことがはっきりとわかりました。事前発表後はそこの修正を行って、授業当日に発表を行います。

実際の授業の進め方

私が担当したのは『社会学入門』の第3章の文献です。

3章は「働く」という事象をキーワードとしています。ここでは働くという行為について色んな側面から見ています。皆さんは労働をどう考えているでしょうか。生活の手段と考える人もいればやりがいと考える人もいるかもしれません。少し視野を広げると社会には働いて稼ぎを得ていない人たちもいます。それは子どもや高齢者、専業主婦であったり何らかの理由で働くことが出来ない人であったりもします。

前述のとおりこの章では「働く」ということについて焦点をあてて取り扱っていますが、私はその中でも「感情労働」という言葉をキーワードに文献を探しました。感情労働は、対人サービス業などの公的な仕事の場で自分の感情の管理を必要とするものです。特にケア労働の領域では感情の自己管理が特に必要になります。また感情労働が困難になる状況ではバーンアウトが起こりやすいとされています。

私はここで感情労働と燃え尽きの関係が明らかになっていないように思い、それを明らかにしている論文を検討しました。

  • 三橋弘次(2008)「感情労働で燃え尽きたのか?―感情労働とバーンアウトの連関を経験的に検証する―」『社会学評論』58巻4号, pp576-592.

三橋(2008)は、感情労働職といっても仕事内容は様々であり、感情労働職を一つのカテゴリーでまとめてそれ以外の職業との比較で燃え尽きを説明しようとする職業間比較は乱暴であるとしました。そこで感情労働職の一つである高齢者介護職の従事者または経験者に焦点を当てて聞き取り調査を行っています。質問の内容はすべて属性に関する質問から始め、職業選択の動機や経緯、その後の履歴や職業内容を確認して労働現場における具体的な経験を語ってもらうことにより、感情労働と燃え尽きの関係を経験的に検証しようとしました。調査の結果、燃え尽きの原因には「サービス利用者の死(への恐れ)」が共通しており燃え尽きが起こる原因は感情労働をしようとしてもできないという状況が原因であるとされています。

  • 中田明子(2020)「看護師の『穏やかな最期』という死生観―死にゆく患者に対する感情労働―」『社会学評論』70 巻 4 号, pp. 360-378.

1つ目の文献では調査の対象者がほとんど介護職従事者(経験者)であり、死に触れる経験が多い看護職の方はどう変わるのかに興味を持ち、この論文を使わせていただきました。中田(2020)では患者の死に対する看護師の感情が看取り経験を重ねることでどのように変化するのかを調査しています。ここでは看護師数人に聞き取り調査を行っています。語りから、新人時代は患者の死に対して悲しいという言葉は使われてはいないものの死そのものに衝撃を受けつつ、その精神的負担の大きさから死にゆく患者との関わりを避けがちになっているとされています。しかし、看護師は看取り経験を重ねていくことで患者の死に対して悲しいと思うようになっていき、これらの感情を抑制する機能として「穏やかな最期」という死生観を形成して患者との深いかかわりを持つことが可能になっていると中田(2020)は結論づけました。

そして議論してほしいところを「今までで燃え尽きが起こった経験はあるか。また、それをどうやって乗り越えたか。それによってどのような感情の変化があったかを話し合ってほしい。」としました。議論してほしいことは論文を読んだうえで他の人の意見を聞きたいところを挙げました。

▲画像:発表の様子

グループ討論の結果では大きな環境の変化で燃え尽きが起こることが多く、時間が解決するもしくは別のことに手をつけてみることで乗り越えたというので共通していました。モチベーションは複数の感情によって成り立っており、他の感情によるカバーが効かない状態が燃え尽き状態なのではないかという風にも考えられます。

そして、こうした議論も参考にしながら、新たな先行文献を調べていき、期末レポートでは独自の調査仮説を立てることになります。

終わりに

前述のようにこの授業では自分でさらに深めたい点を設定し、文献を検討してレジュメを作ります。卒業論文では複数の文献を検討し深掘りしていくことになるのですが、その過程を発表担当は体験することが出来ます。

普段反転授業というと避けてしまいがちですがいずれ経験することになるので、興味を持った方は次年度で履修してみてください。

文献担当は二人ですが、同じ章を読んでいても違う場所に注目しているため、発表内容が全く違うものになります。また聞いている側もどこに注目するのかを様々な観点から聞けることから担当者にならなくても有意義な授業だと私は思っています。

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