人文学部生から生まれた大学院生~大学院生との座談会

社会文化学プログラム出身の田中です。この記事では本学人文学部を卒業した大学院生に着目します。 

このたび、人文学部の学生と、大学院に所属する大学院生との座談会を開催しました。多くの人文学部生にとって馴染みがあると言えない大学院生の学習や生活、キャリアについて3名からうかがいました。
本記事では座談会の模様をお伝えします。

  • 取材日:令和8年2月9日(月)
  • 協力いただいた大学院生:スガワラ、ツボイ、キノ
  • 進行:田中
  • インタビュアー:半澤(ハンザワ)、引木(ヒキギ)
  • 記録、撮影:島守
  • 記事作成:田中、島守、半澤、引木

※本座談会参加者による発言はあくまで個人の知見に基づくものです。
※令和8年4月から大学院修士課程(博士前期課程)では「現代社会文化研究科」と「自然科学研究科」を統合した「総合学術研究科」が新設されます。本座談会では旧カリキュラムに準じます。

 

はじめに~自己紹介 

進行: 本日はお集まりいただきありがとうございます。本企画の目的は、人文学部を卒業し、現在は本学の大学院現代社会文化研究科に所属する大学院生と、人文学部の学部生との座談会を通して、他の人文学部生や高校生へ向けて大学院生の学びや生活、考え方を知る機会を提供することにあります。全体の流れとして、学部生のみなさんから疑問や意見を提示いただき、集まりいただいた大学院生の3名が回答することを通して進行します。

それでは、まず大学院生の方から自己紹介をお願いします。 

スガワラ:博士前期(修士)課程2年のスガワラと申します。日本民俗学を専攻しており、葬送墓制、簡単にいいますと、お墓と葬式に関心があります。 

ツボイ: 同じく2年のツボイと申します。日本の古典文学を専攻しており、修士論文では清少納言の書いた『枕草子』について研究しました。 

キノ: 博士後期課程1年のキノです。専門は18世紀の西洋思想史です。修士論文では、古代ギリシャ由来の思想を援用し,ルソーの教育思想を分析しました。現在もルソーの別側面に着目して研究を進めています。 

進行:続いて学部生のみなさんの自己紹介をお願いします。 

ハンザワ: 学部3年のハンザワと申します。主に平安時代の日本語や文学について勉強しています。卒業論文では特に文学の『源氏物語』を取り上げたいと思っています。 

ヒキギ:学部1年のヒキギと申します。『万葉集』が大好きです。よろしくお願いします。

大学院に進学した理由 ~知識を深めたい

進行: それでは、質問に移ります。学部生のみなさんから大学院生に聞きたいことはありますか? 

ヒキギ: はい。それでは、私の方から大学院を進学した理由についてうかがいます。どういうきっかけで皆さんが大学院に進もうと思ったのか、その大学院についてこれまで知る機会があったのかどうか、教えていただけたら幸いです。 

スガワラ: 私は「卒論の事例に変化があったから」です。学部生で書いた卒業論文は葬送に関する研究でした。私の地元の葬式では、人が亡くなった後、通夜を経て火葬をしてしまい、火葬した骨を祭壇に上げてお坊さんが経を唱え、その後すぐにお墓へ埋葬するという流れでした。人によっては、葬式の後で骨を焼きに行く感覚が多いと思います。このように葬送にあたって順番が違う点に着目しました。やがて、コロナ禍の間に納骨の方法が少し変わってしまったことで自身の論に疑問を持ちました。調査や研究ができるところとして大学院へ行こう、といった感覚でした。私は学部生で卒業した後に就職しましたが、自身が勤めている間に変化があったことで、私の卒論を指導してくれた先生に相談して大学院への進学を決めました。 

ヒキギ: 事例に変化があったことで、進学を決めたのですね。  

スガワラ: 民俗学という分野では人の暮らしを対象にしますから、現在の事例が過去からの連続にあるということは、その後も変化する可能性があるわけですね。

進行:続いて、ツボイさんお願いします。 

ツボイ: 私は、「より知識を深めたいから」というのが理由になります。卒業論文執筆の際と同じ指導教員の下で知識を深めたいから、と加えるとより私の気持ちに近いと思います。きっかけとしては2つあります。1つは、学部4年次の教育実習の際に「知識が足りない」と思ったのがとても大きかったです。生徒たちと関わる中でさらに勉強する必要性を感じました。もう1つとしては、卒論を書き終えて、純粋にもっとこの作品を知りたいと思ったことです。 

ヒキギ: 実は私も将来先生になりたいと思って教職課程を履修しています。院に進学すること自体に興味が全くないわけでなく、ただ、教師は現場で早めに経験を積んだ方がいいのかなとも思ってしまいます。 

ツボイ: もちろん、現場で培われるものもあると思いますが、大学院に進んで良かったと思うこともあります。日本語・日本文学の分野の場合、学部4年次にはゼミを最終的に1つに絞って卒論執筆を行うので、私は特に平安文学を専攻したということになりますが、大学院に進学してから、日本語・日本文学の5人の先生の授業を取ることができました。先生が専門とする分野の論文を読ませていただくなど、日本文学だけでなく日本語学分野の授業も受けられたこと、より知識を深められたことは、自分の中でとても大きかったと思います。自身の専門以外で広く知識はつけられたのかなと思っています。 

ヒキギ: なるほど。そういった見方がなかったので、お話聞いて良かったです。ありがとうございます。 

進行 キノさんはいかがですか。 

キノ: 大きな要因として、「元から行く気だったから」「終わらせるための基盤を確保できたから」ですかね。一つ目が、学部生から修士(博士前期課程)で、二つ目が博士(博士後期課程)の時の話です。まず、一つ目ですが、学部から修士は元から行く気でした。小さな頃から東野圭吾が好きなのですが、『真夏の方程式』などの作品から漠然と社会に影響を与える研究者に憧れました。自身の大学受験が上手くいかなかったとき、当時の高校の先生が大学院への進学を提案してくれたことで自身の興味と進学が接続する経験をしました。それからは動機と知識欲が重なって今に至っています。二つ目は、研究の基盤を確保できたからです。博士後期課程に進学するにあたって、自身の指導教員と相談する上で、就職先を見つけておきました。かつ、科学技術支援機構の「次世代プロジェクト」に採択され、生活費と学費、研究費を確保しました。総じて2つの基盤を確保できたことで進学に至りました。 

ハンザワ:事前に就職先を確保することは可能なのですか? 

キノ: 教職には採用延期がある場合があります。自治体によっては学部のうちにその採用試験を合格しておいて、ある期間は大学院への進学が認められる場合があるので、教員になりたくて大学院で知識を深めたい人は、使う選択肢があって良いと思います。 

ヒキギ: なるほど。ありがとうございます。そのような制度を知りませんでした。 

ハンザワ: お話を聞いていて、みなさんの研究への熱意を感じました。その一方で、やっぱり文系の院に進むことの難しさはあるのかなと感じました。 

進行: そうですね。人文学部生にとっては自然科学の分野の学生と比べると大学院に対する知識を得られにくい点があると思います。大学院そのものはどのように知ったのでしょうか。 

スガワラ:私の場合ですが、学部で民俗学を専攻すると2年次からゼミ単位で実地調査に行くのですが、当時大学院生の方が2名ほどいらっしゃいまして、「どうも大学院というところがあるらしい」ということを初めて知りました。また学内の合同研究室というところにいると日本史学の院生とも交流を持つことができました。研究計画書の作成にあたってその当時の院生に見てもらうなどしました。困ったときに先輩を頼れる環境があったことが大きかったと思います。 

生活と学業の変化 ~忙しくも楽しい

ヒキギ: 続いて質問いたします。皆さんが大学院生になってからの生活や学習、学部生との違いなど教えてください。  

スガワラ:一言で言うと、「忙しくも楽しい」です。私が一度社会人を経験したバイアスが入ってしまうのですが、大学という場所で最先端の知見を持っていたり、その道の権威だったりする先生に、場合によってはマンツーマンで教えてもらうことができます。この点は、学部生のゼミ活動などとも異なる点だと思います。それはやはりすごい資産だな、と感じておりまして。といいますのも、働いてみると、そういった人とメールだけでもやり取りすることは大変です。自身の関心のある分野の研究について、先生と会話できる瞬間が楽しく、その点が社会人をしていたときと一番違うところだと思います。これは、卒論の時の話になるのですが、卒論を見てくれた先生に、現地調査の結果のメールを送った際に、「ここから考えていくのが、辛いですが楽しいところです」という返信をしてくださいました。スクリーンショットして今でも持っているのですが、その意味を2年間で身に染みてわかったな、という感じです。 

ツボイ: 私は、大きく分けると「研究に対する自分の姿勢」と「視野に変化があった」ことです。前者に関しては、学部4年次に書いた卒論と修士論文を読み比べた時に、率直に全然違うものになったなと感じました。自分の中で変わっていく実感はなかったのですが、知識の深まりや論文の構成、説明の仕方、論文の作法の部分などで自分の研究に対する姿勢が変化していたのだと感じました。視野が変化があったというのは、自身の専門外の先生のお話を聞けたことが大きく関わっています。映像や教育の分野、ジェンダーの分野など色々履修したのですが、全く違う分野の話を聞くことが新鮮で面白かったですし、不思議なことに、変なところで知識と知識が繋がる場合がありました。そこに気づいたときが一人でも楽しかった。 

スガワラ: そうそうそうそうそう。一人で楽しい。 

ツボイ: 院生の醍醐味というか。学部生のときには、異なる分野の授業に参加するなんて勇気が出ませんでした。とてもいい経験をすることができたと思っています。 

キノ: 私は、「時間管理」、「文章の読み方」、「人間関係」にまとめました。まず生活の方ですね。時間管理という話は、僕が学部生の頃、部活動に所属していて、朝5時くらいに起きなきゃいけなかった。夜まで練習して土日は遠征に行っていました。勉強や研究の時間が最低限しか取れなかった。院に進学してからは自分の中で裁量権を持って研究の時間が十分に取れるようになってきました。学業の方は、そうですね、文章の読み方が変わりませんでした? 

ツボイ: 変わりました! 

キノ: 学部生のときには、レポートを書くにあたって書籍や論文の文章をバーっと読んで大事であろう部分をまとめて、といったことが多かった印象です。しかし、一文一文をしっかり読んで、全体の流れや意味を理解するという意識がついた。また、専門が深まっていくと、自分の関心に繋げられる文章を常に探しながら読むことができるようになりました。必要なものを見分ける力もついたので、無駄な時間を減らせてもいます。

また、人間関係の話ですが、周りの文系で院に進学する人は、学問に真剣に向き合っている人が多い印象です。だから、話が合うので大体仲が良いですよね。僕の場合はもとから大学院へ行こうとしていたおかげで、自然科学系や医歯学系などの友人も沢山できました。あと、先生との関係も学部生のときと違いました。先生とより親しくなって、面倒を見ていただいていて、そこから様々なお仕事をいただいて今に繋がっています。 

ハンザワ: 他の授業で新しい視点が得られた、といった話がありましたが、別の分野を研究している人から何か刺激を得た、感じた経験はあったのでしょうか。 

スガワラ:そうですね。大学院はそれぞれの分野で卒論を何とか書いた人が来ているわけでして、その分野の研究についてある程度訓練されて一定の実力があるわけです。先ほどのキノさんの話と関連しますが、授業のゼミで発表した内容に対して出る質問の数や質が学部の時と変わります。やはり刺激もあって、私が学部生の頃は、民俗学のゼミ生のほとんどが民俗専攻の学生だったので、質問や意見におおよそ予想がつくのですが、大学院のゼミでは予想もつかないことを言うのです。自分たちの分野で自明になってしまっている事柄を異分野の人にわかりやすく説明する力を育む機会になったと思っています。 

ツボイ: 私が参加した授業のほとんどには、日本人の学生があまりいなくて。

ヒキギ: そうなのですね。 

ツボイ:中国からの留学生の方が1番多くて。留学生の方が日本語を問題なく使いながら、日本語の論文などを読んで積極的に質問するのを間近に見ているとかなり刺激になります。 

ヒキギ:留学生の方が多いということを知ってびっくりしました。私は初修外国語として中国語を勉強していますが、授業で留学生の方と交流する機会があって、大学院生の方が多かったのですよ。 

スガワラ:私の知る留学生の方も、日本語がとても流暢な方が多くて、毎回驚かされます。関わって交流できるのは、いいですね。面白いです。 

キノ:我々みたいな日本人と留学生と、実はもう1個ボリュームゾーンがあって、社会人学生がいるのですよ。 

スガワラ: いますね。 

キノ:社会人学生の方の経験や豊富な知識もかなり刺激になります。 

ヒキギ: 学部生時代にはあまり関わる機会のなかった方々と関わったり、先生方とも距離感が変わったりと、とても面白いなと思いました。 

キャリアと就職活動 ~ハードルが高い?

ハンザワ: 私から就職活動についてお聞きします。私は正直、院生の就職活動はちょっとハードルが高い、難しいといった印象を持っています。実際に皆さんは就職活動をなされたと思うのですが、就職活動を通して感じたことをお聞きしたいです。 

ツボイ: 「自分のペースで」ということが大切だと思います。私は大学院での2年間を過ごす中で少し方向転換をしました。2年間で自身の適正や、できることをしっかり見つめ直す時間になったと思っています。 

スガワラ:私は「あまり変わらない」、「むしろやりやすいのでは」という二点です。最初の内容ですが、私は学部を卒業後に一度就職をし、進学後も改めて就職活動をしまして、四月から公務員になります。就活でやったことは学部を出た時とそんなに変わらなかったのですが、むしろ、経験値がある分、やりやすくなったと感じました。わたしのようなケースは少ないかもしれませんが、大学院では、自分と分野が違う人たちと話をして、自分のことも話すという機会が出てきます。その中で、ある程度自分の位置を相対化して説明できるようになったんじゃないかなと思います。肝が据わるというか(笑)。また、他のプログラムの先生や学生と会う中で、自身の想定以上に多くのキャリアがあることを知りました。大学院に進学したからと言って損はしないものと感じます。 

キノ: 私は、「ちゃんとやっている人は問題ないはず」、「修士号の価値について」の二点を伝えます。まず、前者について。これは私見なのですが、取り組むべきことをきちんと取り組んだ人であれば、2年間で修士論文を書いた人間が、学部の4年間を終えた人間よりも能力が下になることはありえないと思います。僕が実際、大学院に所属する中で得られた知見なのですが、「文系だったからダメです」って言っている人は、なんとなく進学して、自分のやりたいことや強みもないまま、結局自分の研究や強みをうまく説明ができない、みたいな感じです。だから「ちゃんとやっている」が就活だけでなく、研究など色々な面にも繋がっていると思います。きちんと自分の核を持って就活を含め研究している人は、面接で話せる事柄も増えるし、能力もそれなりについているはずなので、進学したからといって落ちぶれることはないはずです。実際に、希望の職種へ就職できないという人はこの数年でいませんでした。 

また、現在は、修士に対する就職について、受け側というか、社会側も考えるようになってきていると感じます。現在、大学卒業者の人数が増加していますが、それは世の中に学士号を持つ人が増えているということです。今度は修士号以上の価値が高まる時代に若干シフトしつつあるという時代にあると言えます。 

あと文系の学部から世間で言うところの良い職に就きたい、という考えが最初から念頭にある人は、おそらく大学院に行こうとは考えにくいのではないでしょうか。僕は、自分が頑張って修士号や博士号を取った先に何らかの職がついてくるものだと少なくとも思っています。おかげさまで私も希望していたポストをいただき、研究しながら働くということが実現できています。サンプルケースは少ないかもしれませんが、就職を要因に文系で院進なんて、と言う人とは僕と考え方に違いがあるのではと感じた次第です。 

ハンザワ: 今のお話を聞いて、留学生や社会人といった多様な方々とお話ができるなど、院だからこそできる経験をしっかり伝える力が大切だと感じました。特に、自分が他の人からどう見えているのか知ることができる点はとても印象に残りました。私は今学部の3年生で就活中なのですが、普段接する人は似た境遇の学生がほとんどで、自分が他の人からどう見えているのか、について悩んでいたところでした。普段から異なる学問領域や立場の異なる方々と交流することで、自身を相対化できる点に魅力に感じました。 

大学院生活を新潟で送る~メリット・デメリット

ハンザワ:加えて、1つお聞きしたいなと思ったのが、自分の大学の院でなくて他の大学の院に行く選択肢があると思います。先ほどツボイさんやスガワラさんが「同じ先生の下で研究したい」という風におっしゃっていましたが、他大学の院に行く選択肢は考えたのでしょうか。 

スガワラ: 私は学部生の時は自覚的ではありませんでしたが、私が大学へ戻る際に、民俗学の分野においてこれまで身に付けてきた調査法や、得られた事例を咀嚼できる学問環境として、本学が適当だろうといった肌感覚がありました。特に私の分野は、本学に積み上げられた研究の土壌がありました。 

ツボイ: 研究の環境という面では、きちんと他大学の大学院との違いなどを比較してから選択することがとても大切だと思います。私の場合、日本語・日本文学の分野では進学した同期がいなかったので、基本的に2年間を一人で過ごしました。ただ、他の大学院では自分と似たような関心を持った人たちと一緒に切磋琢磨しながら学べる環境もあったかもしれません。私自身は新潟大学大学院での環境が自分に適していたと感じていますが、どの環境がよいか、みたいなところを考える上でも、比較することは大事です。 

キノ: 資料収集の視点で言うと、ある資料の取り寄せにかかる時間や費用、作業量などの面で特に規模の大きな図書館や施設のある首都圏には勝ち目がないです。絶対にそう。資料収集の面などで「進学先を新潟じゃない方がいい理由」は挙げられます。ところが逆に、「新潟にしかない」というものもあって。 

スガワラ: うん。そうですね。我々民俗学や歴史学は特に。資料によっては新潟にしかない、というものもありますね。 

キノ: そうですね。あと教員と1対1で話して、ということもできる。必ずしも人がいれば良いというものではないと思います。かなりの数の大学院生がいる場合、学生一人一人を先生が見てくれる時間は減っていくわけですよね。で、うちの場合、主指導の教員一人につき3人以上を指導するケースはあまり見ない印象です。だから、自分が指導にかけてもらえる時間が多いという利点はあるのではないかと思います。それは先生との距離感の近さにも関わっています。だから、結局どっちもいい面があります。それを見極めて一番自分に合った進学先を選んでくださいね。 

ヒキギ: そうですね。おっしゃってくださった通り、新大と他の大学でそれぞれメリット・デメリットがあって、進学する時には比較した上で自分のやりたいこととどのくらいマッチするか、という点で見ていくことが大事であると思いました。 

おわりに~結びとメッセージ 

進行: 最後にインタビュアーの方から今回座談会に参加して感じたこと、考えたことがありましたらお願いします。 

ヒキギ: はい。私はまだ学部1年生なのですが、大学院生の方と関わる機会そのものが本当にないので、このような機会に参加できたことが本当に嬉しいです。人間関係のお話で、自分が学部ではめったに出会わないような方々との関わりや、先生方との距離感の近さなどが魅力的に思いました。話は変わりますが、大学受験の時に、2次試験の勉強で、高校の先生と1対1で勉強させてもらいました。その瞬間がものすごく楽しかったのを、今でも覚えています。そのような感覚と近いものがあると思うと、本当に「ああ、すごい院生楽しそうだな」というのを実感できます。学部生は、まだ本当に院生のことを知っている人、あまりよく知らない人の方が多いと思います。少しでももっと多くの人に大学院のことを知ってもらえたら、と思いました。ありがとうございました。 

ハンザワ: 院生が何をしているのかよく知らないまま、今回の座談会に来てしまったのですが、お話を聞いて学部生の時とは違う学びや新しい視点を得られたり、人間関係も広がったりと、たくさんの経験ができる場所だと感じました。この企画をきっかけに、他の学部生にも今日お話しいただいたことが、もっと伝わったらいいな、と思いました。本日は本当にありがとうございました。  

進行:最後に大学院生から学部生や高校生に伝えたいメッセージですとか、院生が大事だなと思うことがございましたらお願いします。 

スガワラ: 学問の扉はいつでも開かれております。これはある先生から言われたことですが、私はこの言葉を信じて飛び込んできた、みたいなところが実はありまして。大学院というところには、社会人学生の方もいます、という話をしましたが、研究や勉強はいつからやってもいいのですよね。学部からストレートに上がってきた人だけでなく、仕事を辞めてきた人や働きながら来ている人、留学生などがいます。話しているうちに、あ、こういう生き方があるのか、というのが本当に見えてきます。修士(博士前期課程)で2年とか、博士(博士後期課程)を含めると早くて5年はかかりますが、キノさんの話にあったように成長の分それが大きな足かせになるとは感じません。みなさんも恐れることなく、扉はいつでも開かれております。よく吟味して、飛び込んできてください。 

ツボイ: これから院生になる方へ伝えたいのですが、色々な人と積極的に会話することは本当に大事だな、と思っています。この2年間は学部生のときから人間関係がガラッと変わったというところがありました。学部時代には同じ分野の仲間との日々の会話や雑談の中で自然と自分の考えが深まったり進んだりすることがありましたが、それがパッとこう、なくなったというか。常に自分自身と対話する毎日でした。自分から人と会話しにいくことが、いかに大事かというのを実感した2年間でしたね。家族との会話であっても、自分の研究のことについて話すと「何のこと?」と思われるかもしれないのですが、そのような人に説明する時に、意外と自分の中で気づきがあることがあって。なんでもない雑談も大事だったな、と思うのです。 

キノ: 「未来を常に考える」「学問に真摯に向き合う」です。大体今日の話を要約したらこれになると思います。自分が将来こういうことをやりたいから、こういう勉強が必要だから、大学院で研究がしたいと考えるなど、公私問わずに先のことを考え続けるということが大切だと思っています。その上で、「学問に真摯に向き合う」という視点も大事です。そもそも自然科学の人たちも、みなさんがノーベル賞を取るために研究したい、と初めから思って研究していらっしゃるわけではないと思います。あくまで彼らはひたすら学問に向き合った結果、賞や特許、研究費に繋がっている。裏を返せば、例えば「民俗学をやったとて何ですか?」といってその学問を蔑ろにするような考え方は、学問への向き合い方として正しくないと思います。なので、本当に学問に向き合いたい人は、大学院に是非行って欲しいです。そのためには就活等云々が足かせにはなってほしくないな、という風に僕は常に思っています。本当に「学問って何だろう」という風に考えると、院に行かなかったとしても学部の4年間だけでも大分見える世界が変わると思います。是非この辺を意識してもらえると嬉しいです。以上です。 

進行: ありがとうございます。それでは座談会を終了します。

一同: ありがとうございました。 

この記事のタグ