こんにちは。社会学専攻3年の鈴木美空です。この記事では社会学分野の実習科目の1つである「社会調査実習」について紹介します。
「社会調査実習」では、1年かけて、あるテーマについて先行研究を検討し、実際に調査に赴き、調査で分かったことを考察して、最後に報告書にまとめます。この授業を通して、社会調査の理論と方法について実践をしながら体得することができます。インタビュー調査に赴いたことは、私にとってかけがえのない経験になりました。
高齢者の生の自律とサ高住
昨年度の社会調査実習のテーマは「高齢者の生の自律」でした。人間は他者(モノを含む)との関係の中で意思がつくられ、また能力(自分でできること)も決定されるということに着目し、高齢者が他者との関係をどのように維持・形成して自分自身を律しているのかということを調査し考察しました。
調査対象として注目したのは、サービス付き高齢者向け住宅、いわゆる「サ高住」にお住いの高齢者です。高齢者が住み慣れた地域で元気なうちから入居することで介護が必要になった後も、他者との繋がりを維持しながら自立・自律して暮らせるようにつくられた住宅です。サ高住には住み慣れた地域で他者とつながりながら暮らせる、サービスを自ら選択できるという点で高齢者の自立・自律を促進すると考えられる一方で、サービスの囲い込み(たとえば、この記事)や入居後に人間関係が限定化してしまうなどの問題が指摘されてきました。
私たちは、過去の経験、現在の暮らしなどを語っていただくことで、「サ高住」という一般住宅とも介護施設とも異なる場所で暮らしている高齢者が、どのように自分自身を律しているのかということを調査しました。
語りを聞きまとめること
私たちははじめに岸政彦著『マンゴーと手榴弾』という本から社会調査とはなぜ必要なのか、社会調査の中でも質的調査で「語り」を聞きまとめるとはどのようなことかについて学びました。
社会には、あたりまえと思われている理論(理屈)が存在していて、理論に基づいて個々のケースを判断しています。社会調査が必要なのは、あたりまえに適用されている理論を再構築するためです。調査をして個々のケースを蓄積することで、既存の理論を現実に合わせてアップデートすることができます。
質的調査(インタビュー調査といわれるもの)では、調査者が他者の語りを聞き考察して書くことになります。語りは主観だからデータになり得ないと思われるかもしれませんが、個人の現在の価値は過去の具体的な経験とその時の感覚によってつくられているので、語りも貴重なデータです。語りの中のディテールこそ、語りから得られるデータであり、私たちが書かなければならないものなのだと学びました。
あたりまえと思われている理論を個人に適用することでは他者とつながることはできません。個々のディテールを極力尊重できるような理論を組み直すことではじめて、自分と他者、他者と他者がつながることができます。多くの人がそれぞれに抱えている問題を自己責任として放り出さないためにも、このように他者とつながり、それぞれが抱えている問題を「社会問題」としてつなぎ、共有して議論し、解決する必要があるのです。
人生を聞く
私たちはサ高住の利用者の方、職員の方、一般住宅にお住いの方、行政職員の方など20名以上の方にご協力いただき、インタビュー調査を行いました。私は、一般住宅にお住まいの方と、新潟市にあるサ高住「なじょもガーデン」の方にご協力いただき、インタビュー調査をしました。
調査先の皆さんは快く受け入れてくださり、それぞれの人生を語ってくださいました。人生を語ってもらうということは調査において大変意義があったと思います。現在の考えと過去の出来事、他者の存在が無関係なものではないのだということがわかったからです。相手が下した結論だけを聞くと理解できなかったけど、掘り下げて質問しお話をしてもらい、結論にある背景を知ることで納得させられるという経験をしました。
例えば、「家族とは連絡をとらない」という方にお話を聞いたところ、家族関係がよろしくないというよりむしろ、「迷惑をかけたくない」という家族を思いやる気持ちから家族と距離をとっているとわかったことがありました。
またそれだけでなく、その方その方の人生を聞くこと自体が貴重な経験で、調査ということを忘れるくらい楽しくお話をしました。お話を聞けば聞くほど、「なぜ?」という疑問が生まれて会話が盛り上がり、何時間も調査にお付き合いしていただいた方もいました。本当に感謝しかありません。
調査と考察を通して、一般的に個人の自己決定だと思われていた自律を、取り巻く他者やモノとの関わりの中で実現されるものだと認識を新たにしました。ただし、サ高住はあくまで住宅であるため、他の居住者との関係が築きにくい側面があることもわかりました。それでも、他の居住者や職員の方と(必要な範囲内で)つながることで、自分(たち)が納得のいく環境を実現できている人たちがいることもわかりました。
つまり、サ高住における「生の自律」とは、単に外部サービスを自己決定できる自由があることによって実現されるものではなく、「サービスの囲い込みを認めない」という制度的な対応だけでは実現できないということです。
私たちは、「サ高住という共通した環境にあるさまざまな問題をもとに、居住者や職員の方々が(必要な範囲内、できる範囲内で)つながることで、それぞれの高齢者の生の自律が可能になっていく」とすることで、サ高住の入居者の方々の語りをつなぐことができるのではないかと考えました。つまり、高齢者の生の自律を集団的な自治の問題として扱う必要があるということです。
社会調査実習を通して学んだこと
授業全体を通して学んだことは、他者を理解することにゴールはないということです。インタビュー調査では、話を聞きながら相手を知ると同時に疑問が生まれてきました。また、お話を聞いたときはわかった気になっていても、それを書き考察するとなるとまた新たに疑問がわくということもありましたし、語りの考察を学生同士で議論するなかで、自分では考えつかなかった解釈を指摘されることもありました。
これらの経験から、他者を完全に理解するということは難しいけれど、理解する努力を続けることで限りなく近づくことはできるのだということです。他者を理解することにゴールはないからこそ、調査・考察・議論を繰り返して、より他者に近づいていこうと思いました。
先日、インタビューにご協力いただいた「なじょもガーデン」の方々に御礼に伺い、完成した報告書を手渡ししてきました。「話を聞いてくれてありがとう」「私の人生をまとめてくれてありがとう」と言われて、心が温かくなりました。普段の生活では触れ合うことのない誰かとつながることができ、それによって自分が変わっていくのも、質的調査の醍醐味だと感じました。