人間同士だけでなく人間以外の存在との共生を考え、調査する~ゼミ訪問「地域社会学・伊藤ゼミ」

みなさん、こんにちは。社会文化学プログラム、社会学分野3年の川田彩瑚です。

今回の「ゼミ訪問」では、社会文化学プログラムの社会学分野で地域社会学や医療社会学を研究している伊藤嘉高先生のゼミを紹介します。伊藤先生のインタビュー記事はこちら

人間以外の存在との「つながり」にも目を向ける社会学

社会学は常識を疑う学問だと言われています。しかし、「ジェンダーは社会的に構築されたものだ」といったように、そこでは常識が「社会的なもの」(人間たちが作り出すもの)として捉えられています。つまり、「社会がある」という常識が前提となっているのです。

しかし、「社会」という概念そのものも疑わなければ、「私たち」という集まりが人間以外の存在とともに成り立っているということを見逃してしまいます。

▲ゼミ後の交流会:人間以外のモノが登場し、ゼミのつながりを作り出しています

たとえば、道路交通を考えてみると、交通の円滑な流れや安全性は、人間のドライバーや歩行者だけでなく、信号機や道路標識、自動車の安全装置などの人間以外の存在によって支えられています。

「いや、それらは人間が作り出したものだから、結局は人間が社会をつくっているのではないか」と思われるかもしれません。しかし、そうした人間以外の存在は、人間の意図や欲望を超えて作用し、人間のありようを変えています。

鋼鉄で囲まれた車に乗っているからこそ、飛ばしたくなったり、歩行者に対する配慮が失われるのかもしれません。道路がつながっているからこそ、その先にある場所に行きたくなるかもしれません。そもそも、自動車があるからこそ、好きなところに好きなときに行きたいという欲望、あるいは行かなければならないという義務が生まれているのかもしれません。

このように社会を超える発想をもたらしてくれるのが、伊藤先生が専門にしているアクターネットワーク理論(ANT)です。

ANTでは、さまざまな現象を、人間や社会に還元して説明するのではなく、人間だけでなく人間以外のものとのつながり(連関)に着目していきます。伊藤先生は、防災や福祉などの地域社会のさまざまな問題を、このANTの視点を用いて研究してます。

難しそうだなと感じられたでしょうか。ゼミでも勉強している内容は非常に難解ですが、ゼミ生同士で立ち向かう気持ちで日々邁進しています。ゼミ内での交流も活発で、学びながら仲間を得ることができると感じています。

1学期の4限ゼミ~人間以外の生命とのつながりに目を向ける

伊藤ゼミは、週に2コマ開講されています。

月曜4限のゼミでは、主ゼミの3年生とサブゼミの3年生(主ゼミ4年生は任意)が参加して、ANT関連の文献を輪読しています。発表担当者のレジュメをもとに、グループに分かれて議論します。

そもそもANTとは、厳密な理論ではなく社会科学の調査方法であり、社会的な現象とされるものを「人間と非人間が相互に影響を与えあうネットワークの結果」として捉えるものです。さまざまな存在は、そうした結びつきによって相互変容をしているため、結びつく以前の本質を想定し、そこから議論を始めることはできません。

この視点を取ることで、従来の人間中心的で社会/自然、主体/客体という二分法に支配された視座を超えることができるようになります。

たとえば、銃による殺人事件を考えてみましょう。犯人は「銃がなければ人殺しなどしなかった」と言ったとします。

確かに、銃が近くにあることで過剰な攻撃意識が芽生えるという変容が起きたのかもしれません。とはいえ、銃が殺人を仕向けたのでもありません。銃というものは、棚にしまわれている限りは鉄の置物でしかありません。しかし、銃と人間が結びつくことで、銃は無用な殺人を行う武器へと変容します。

このようにヒト、モノに関わらずアクターが関わりあい、つながることによって相互変容が起こることで、ある出来事が生まれるのです。

ゼミ後の交流会の写真その2(ゼミ中の写真を撮っていませんでした)

今年度の1学期は、ブリュノ・ラトゥールのANTをさらに発展させていくために、1学期は真木悠介の『自我の起原』、ラトゥールの『虚構の近代』、ダナ・ハラウェイの『伴侶種宣言』を輪読することで、人間以外の生命とのつながりに目を向けました。

『自我の起原』では、私たちが絶対的なものだと思っている自我ですら、他の人間や人間以外の存在との歴史的なつながりによって生まれてきたことを学びました。

『虚構の近代』で学んだのは、自然/社会の二分法や主体と客体の二分法が、近代がもたらしたものにすぎないことです。実際にはそのように二分できるものではなく、二分法によって世界を単純化してしまうのではなく、「分かりやすい正義」にも「分かりやすい物わかりの良さ」にも逃げることなく、両者のハイブリッド、相互連関(変容)に着目することの重要性を学びました。

そして、『伴侶種宣言』では、「伴侶種」という概念を通じて、今日の人間が、非人間といかに相互に絡み合いながらともに進化し共生してきたことを学びました。

▲『伴侶種宣言』輪読の際には逆卷しとねさんにゲスト講義いただきました

2学期の4限ゼミ~Matters of Care(『ケアを呼ぶもの』)を翻訳出版する

これらの本を読んだのは、2学期でマリア・プーチ・デラベラカーサの『Matters of Care』(『ケアを呼ぶもの』)を翻訳出版するためでもあります。

2学期からは、慣れない洋書ではありますが、伊藤先生の訳稿をもとに、より良い訳語の検討や、伝わりやすい文章の検討を行っています。学部生でも読めるような訳稿を目指しています。1学期の学びを踏まえて、人間/非人間の多様なアクターが「ケア」し合うことで共生できる道は何かを日々勉強しています。

▲4限ゼミの様子:洋書と格闘しています

『Matters of Care』の面白さは、現代社会における科学技術や環境の問題を「ケア」という視点から再構築する点にあると感じています。

「ケア」と聞くと、困っている人や助けを求めている人に手を差し伸べることや、慈愛の感情を持って接することだと思うかもしれません。社会学を学んでいる学生であれば、科学技術や合理性による支配に抵抗するための手段だと思うかもしれません。

しかし、本書では「ケア」を世界と関わる基本的な方法としており、「ケア」は日常的に接する人やモノだけでなく、科学技術から自然環境に至るまで、ありとあらゆるものとの「正解のない関係」を深めていく態度を培うために必要な概念的枠組みとして捉えられています。

ここまで読んでくださった方の中には、「よく分からない!」と思った方もいるかもしれませんが、その「よく分からないもの」に対してみんなで協力して立ち向かっていく面白さが伊藤ゼミにはあると思っています。

もちろん難解で理解が困難なときもありますが、ひとつずつ解き明かしていくにつれて間違いなく自分の学びにもつながります。

5限ゼミ~自分の卒論をみんなで書く

また、月曜5限のゼミでは、主ゼミの3年生と4年生(サブゼミ3年生は任意)が参加し、卒業論文について検討しています。社会学のゼミでは基本的にフィールドワークを行い卒論を書いていきます。

3年生は、卒論のテーマを決めるために、自分が興味を持っているテーマや分野に関しての文献を読み、レジュメを作成し、発表します。論点を中心にグループに分かれて議論し、グループ間でも議論を共有し、できる限り多くのゼミ生の意見を聞くことで、視野を広げ、理解を深めていきます。こうして、フィールドに入る準備を行います。

4年生は、フィールドワークの結果に基づき、卒業論文の経過報告を行い、各グループや先生からのフィードバックを元に卒業論文を完成まで仕上げていきます。このように、伊藤ゼミでは、卒論を一人で書くというよりは、みんなで書いていきます。

卒業論文はそれぞれが関心のある多様なテーマで取り組んでいます。どのようなテーマにしても、特定の枠組みで研究対象を切るのではなく、さまざまなつながりを見ることで従来の枠組みから外れたものを見ようとしています。研究を通して新しいつながりを見出すことを目的としています。

過去の卒論テーマの一覧は、伊藤先生のウェブサイトにあります。学内からアクセスすると本文も閲覧できます。

この卒論ゼミのメンバーで、今年の夏休みに弥彦でゼミ合宿を行いました。主に4年生の卒業論文の中間発表を行い、普段とは違う環境で、活発な議論を行いました。

▲ゼミ合宿:全体に向けて発表してからグループ内で議論します

そんな伊藤ゼミでは普段の交流も活発で、ゼミの後に鍋や餃子、焼きそば、芋煮……などゼミ生で料理を作って中を深めています。ゼミ合宿では麻雀も行い、麻雀という普段の生活ではなかなか親しみがないものでも、麻雀を媒介とすることで思わぬつながりが生まれ、より仲が深まる経験をしました。

ゼミの中にさまざまなものを持ち込むことで、ゼミというつながりを作ろうとしています。このようにゼミ内でもANTの視点を取り入れた実践をしています。

▲ゼミ合宿のひとこま

伊藤ゼミでは、アクターネットワーク理論(ANT)を軸に学びを深めるため、参加するにはANTの知識があるに越したことはありませんが、1学期にはANTについて知識を得る、学びを深める本を読むので安心してください。

ANTに興味を持った方は第3・4タームに開講されているGコード科目の「アクターネットワークの社会学」がおすすめです。

▲今年の合宿は弥彦温泉のホテルヴァイスで行いました

担当の伊藤嘉高先生より

「ゼミの学生は、研究を媒介にした私の大切な仲間です。ゼミ生たちは、私が学部生の頃と比べて、難しい専門書も読みこなすし、英語の読解力も高いです。いつも舌を巻いています。日本の未来は明るい(と言えなくてどうする)!」

「積極的にフィールドワークも行ってくれています。ただし、大学外に出て行く積極性だけは学部生時代の私の方が勝っていると思います(4年生のMさんには勝てませんが)。知らない世界に飛び込んでも歓迎されるのは学生時代の特権です。大学内で学ぶことも大切ですが、さまざまな世界とつながることが自分を強くしてくれます。」

「ときとして拒絶されたり、失敗してしまうこともありますが、真摯に相手に向き合っているのであれば、数日悩んでしっかり反省すれば、みんな許してくれます。私も失敗することばかりです。過去の新大生が作り上げてきた地域からの信頼を、後輩たちにも引き継いでいってください。」

他のゼミ生に聞いてみました

➤ このゼミを選択した理由を教えてください。

  • 2年生のときに伊藤先生が専門とされているアクターネットワーク理論に触れ、さらに深く学びたいと思ったからです。簡単には理解できない学問だからこそ、ゼミで勉強したいと思いました。
  • 2年生のときに伊藤先生が担当されていた社会調査実習を受講し、とても講義が面白かったことと、アクターネットワーク理論に関心をもったことで、伊藤ゼミでより学びを深めたいと思ったからです。
  • 気さくで話しかけやすく、相談に乗ってくれそうな先生だなと思って選択しました。イメージ通り、どんな些細なことでも相談に乗っていただけています。「自分のやりたい研究」はもちろん、「相談しやすい先生」のゼミを選択するのもおすすめです。
  • 2年次に「社会調査実習」の授業で伊藤先生にお世話になったことがきっかけです。高齢者に焦点を当てて調査を行い、履修者全員で一冊の本にまとめました。高齢者問題や社会学の研究法について学ぶことがとても多く、3年次のゼミでも伊藤先生のもとで学びたいと思いました。

➤ このゼミで、どのようなことを学んでいますか? 受講する前と後で何か変わりましたか?

  • アクターネットワーク理論にて、自然/社会、自己/他者などの二分法にとらわれず、流動的なつながりを模索しています。日常生活でも、多様な立場の人の意見に目を向けられるようになりました。また、夏休みにはゼミ合宿、授業終わりには鍋を囲むなど、みんなと仲良くなれるイベントもたくさんあります。
  • アクターネットワーク理論に関する本を読み、論点をあげてみんなで議論しています。議論をする中で、物事が複雑に絡まり合って構築されていることに気づかされるのが面白いです。また、関心のあるテーマについて発表する機会もあるので早くから卒論のテーマ探しをできました。ゼミは明るい雰囲気です。今年はゼミのみんなで餃子パーティーや芋煮会をしました!
  • アクターネットワーク理論をもとに、難解な本を輪読し、それぞれの担当者が作ったレジュメをもとに議論をします。人だけでなくありとあらゆる媒介(アクター)の連関をたどり、つながりに目を向けて学んでいます。伊藤ゼミでは、卒論ゼミも並行して行っているため、発表機会が多く、レジュメの作成スキルや発表するスキルもつくと思います。
  • アクターネットワーク理論(ANT)に関する文献を輪読しています。内容は難しいですが、様々なアクターが連関して社会を形成しているというANTはとても興味深いです。ゼミでの学習を通じて、物事を絶対視せずつながりをみる姿勢が養われたと思います。

➤ 今後はどのようなことを学んでいきたいですか?卒論や修論は、どのようなことをテーマにしようと考えていますか? 将来に活かしたいこともお教えください。

  • 知的障害者(障害児)に対する自立生活支援に興味があります。「障害は社会に不利益だから、排除しなければならない」という考えを批判し、「障害者が障害者のままつながれるコミュニティ」を研究対象とすることで、どんな媒介を通してつながりが構築されているのか調べていきたいと思っています。
  • 卒論はケアにおける関係性をテーマにしたいと考えています。介護の現場などにインタビュー調査に行こうと考えています。卒論を書く上で多くの人がインタビュー調査を行うと思うのですが、人の話を深堀するという傾聴力や、インタビュー結果を考察するという分析力は将来に生きてくると思っています。
  • サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を対象に高齢者の方の幸福について調査しようと考えています。「高齢者の幸福」は重要なテーマでありながら、社会学では今まであまり研究されてきていないという背景があります。そこで、アクターネットワーク理論を用いて、高齢者の幸福を形作っているものやつながりを見つけていきたいと考えています。
  • 卒論では福島県の復興に焦点を当て、避難指示が解除された地域でのコミュニティをテーマにしたいと考えています。私は地方公務員を目指していますが、公務員として働くなかでも、社会学の視点を活用できたら嬉しいです。

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