考古学研究室の調査報告会に参加しました!

みなさんこんにちは!2年の加藤(かさわ。)です。

私たちは長い夏休みの真っただ中ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?

少し前のお話になりますが、「人プロ」から4名が本学人文学部の考古学研究室の調査報告会に参加しました。今回の記事はその様子についてお届けします。

報告会の各パートについて、寺沢(日本語学・日本文学)・小泉(地理学)・吉田(哲学)がお伝えします!

概要

  • イベント名:椿沢古墳第1次発掘調査の成果報告会(長岡市上桐地区)「身近な地形の、見えなかった歴史 ―新発見・椿沢古墳を読み解く」
  • 日時:2026年5月30日(土)
  • 開催形式:対面・オンライン(Zoom)
  • 会場:わしまコミュニティセンター多目的ホール(長岡市和島支所3階)
  • 共催:新潟大学人文学部考古学研究室・わしまコミュニティ協議会

古墳発見のカギは空からのレーザー測量!?

始めに、森貴教先生による「椿沢古墳の発見に至る経緯」についての発表です。森先生は人文学部で考古学を専門に研究をされています。(森先生の教員インタビューはこちらの記事を参照してください)

今回、新たに発見された椿沢古墳は、長岡市上桐地区にあります。新たに古墳が発見されたきっかけとなったのは、新潟大学考古学研究室が以前から行っていた赤坂遺跡の調査でした。赤坂遺跡は、弥生時代後期の高地性集落の遺跡です。断面V字形の幅7.3m、深さ3.6mの環壕が見つかっており、防御性の高い集落であったとされています。遺跡の範囲は広く、大部分は植林されたスギ林や自生している竹林に覆われています。

2024年、ドローンに搭載されたLiDARというレーザ計測機器によって、上空から赤坂遺跡周辺の地表が測量されました。レーザを用いた測量によって精密なデータを取得することが可能になり、取得したデータをもとに地理情報システムを用いて地形の微細な起伏を分析したところ、山の中腹に未知の平面形が鍵穴状を呈する盛土状の地形が発見されました。

翌2025年の発掘調査により、この盛土状の地形は古墳であることが判明し、「椿沢古墳」と名称が決定しました。椿沢古墳の全長は38mを誇り、その形状について前方後方墳か前方後円墳のどちらなのかは今年度の9月に実施する発掘調査で明らかにする予定とのことです。

椿沢古墳がある小高い地点から沖積部を見ると、門新遺跡という遺跡が見えます。門新遺跡からも椿沢古墳が見えたことが予想されるため、両者には何らかの関連性があると考えられています。

調査発表会の中で、森先生は、「椿沢古墳発見のプロセスには、ドローンに搭載されたレーザ測量技術が用いられたという特徴がある。今後、最新技術を駆使して未知の遺跡がより多く発見されるようになる」と予測していらっしゃいました。

最新技術と共に、研究法も日々進化しています。私たちが踏みしめている地面には昔の人類の痕跡が残っていて、それが見つけ出されたら、教科書に載っている通説がひっくり返る日は近いのかもしれません。(担当:寺沢)

学生発表&発掘調査のリアルな現場裏

今回の成果報告会は、人文学部の実習の一環として考古学分野の3、4年生による発表「椿沢古墳第1次発掘調査の概要」もありました。

はじめに椿沢古墳発掘調査の際に発見したものの説明がありました。古墳の三か所の調査区から、土器(土師器片、甕と壺)、石製品(砥石、磨石)、そしてガラス瓶が出土したそうです。

盛土の最下部で出土した木炭の年代が弥生時代後期~終末期であることがわかり、その上に堆積した土から平安時代のクリの木炭が出土したことにより、古墳の盛土が平安時代以前のものであることが検証されました。

また、意外な出土品としてガラス瓶があります。1つは1969年製の牛乳瓶であり、このことから椿沢古墳が「古墳」と見なされなくなった時期が分かると言います。1960年代頃に進められた大規模な植林によって、尾根上に所在する古墳がスギ林に覆い隠され、それによって遺跡の存在が忘れ去られていった時期を示しているとみられます。

そして発掘調査の様子も説明されました。現場近くの上桐集落センター(公民館)を拠点とし、丸一日活動するそうです。発掘する現場では時折非常に大きな木の根が出てくることもあれば、夏場の発掘は暑さや虫との格闘で大変とのこと。発掘現場は整備されていない森の中なので、安全のため長袖長ズボンが必須だそうです。

私の研究分野(哲学)はフィールドワークとはあまり縁がないので、このように現地に行き自らの手で新たな発見をする活動報告は、非常に新鮮なものでした。暑さや虫などさまざまな苦労もあるそうですが、だからこそ考古遺物を発見した時の喜びも大きいものだろうと思いました。(担当:吉田)

土や石から探る歴史〜ジオアーケオロジーの視点〜

最後は、太田凌嘉先生による「礫は語る:古墳の盛土はどこから運搬されてきた?」についての発表です。太田先生は人文学部で地理情報科学・自然地理学を専門に研究をされています。(太田先生の教員インタビューはこちらの記事を参照してください)

今回は、ジオアーケオロジー(地考古学)の視点から、椿沢古墳の盛土がどこから運ばれてきたのかについてご紹介いただきました。ジオアーケオロジーとは、地形学や地質学の調査手法を応用して過去の人間の活動と自然環境との関連を読み解く研究分野です。

特に印象に残ったのは、盛土の分析から古墳築造の背景に迫る研究です。盛土の中から見つかった礫や、海・淡水由来の海綿骨針などの情報を手がかりに土砂の由来を推定するという手法はとても興味深く、普段はあまり意識しない土砂にも過去の人々の営みに関する情報が残されていることを知りました。

古墳というと考古学のイメージが強いですが、昔の人々と自然環境の関わりに着目する地理学的な視点も重要な役割を果たしていることを知ることができました。身近な地域にもまだまだ多くの発見の可能性が残されていることを感じる興味深い発表でした。(担当:小泉)

おわりに~自分の専門とは異なる分野での学び~

いかがでしたでしょうか? かくいう私も日本語学・日本文学分野の学生です。

高校時代に日本史を学んでいたため、古墳の調査報告会と聞いて「行きたい!」と強く思ったことが今回参加するきっかけとなりました。

異なる分野に進んだとしても、興味のある分野に関する情報が得られるのは新潟大学人文学部の大きな魅力といえます。

最後になりましたが、本報告会へお誘いいただきました森貴教先生と、インタビューにお答えいただいた考古学研究室の学生の皆様にお礼申し上げます。

次回の投稿もぜひご覧ください!

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